この度、音楽、特に、明治・大正・昭和初期に作られた「歌歌」を使い、しかも、その歌詞をイメージした大正浪漫風の絵を描き、それを使った唱歌絵本「唱歌へのいざない」を実際に心不全の患者さんに見ていただき、その効果の検証を、現在、進めています。
そこで、いくつかの実際の効果について報告します。
まず、98歳の女性の心不全患者さんで、普段から沈みがちで、会話も少ない、その方にこの絵本を見せたところ、すぐに歌い出され、心身面での活気が戻り、その後、退院できた、との報告や、あるいは、80歳の女性心不全患者さんで、普段から落ち着かず、不安定な状態であった方で、そこで絵本を見られますか?と、お尋ねたところ、はじめは「そんなんいい」と塞ぎ込んでおられたものの、いざお見せすると表情が変わり元気に口ずさんで、不安定な状態が改善された、という例もありました。
また、これも80歳代女性の慢性心不全の患者さんで、寝たり起きたりを繰り返しナースコールを頻回に押し付かない状態であったところ、ナースステーションにお連れし 絵本を見ながら一緒に曲を聞いたところ、周りのスタッフもびっくりするほど大きな声で歌い始め、徐々に落ち着き、涙を流しながら笑顔で『ありがとう』といって、『懐かしい曲ばかりで、嬉しい』と話しその後は、落ち着いて過ごし、気分が変わってからは自分で車椅子から立ち上がり ベッドへ移ろうとするなど 意欲的に体を動かされていました。
あるいは、在宅で、心不全治療をされている90歳、男性の方は、毎日、特に、夜、寝る前にこの絵本音楽を聴くことで不安が解消し、充分な睡眠が得られる、という話もあります。
これら以外にも、特に、80歳代を超える患者さんには、効果が絶大との報告が集まっています。
ここで、この唱歌が何故、これほど高齢者の方々の心に響くのかについて、少し考えてみました。
当然、懐かしい音楽ですから、その懐かしさが響くと思いますが、でも、懐かしさだけですと、例えば、その当時の流行歌や演歌、あるいは、あのビートルズが登場した1960年代半ばは、今の80歳代の方々にとっては20歳前後の時代で、ビートルズ世代の方でもあり、またビートルズ以外の洋楽も、多く聴いていた世代です。
ですから決して、唱歌だけが懐かしい訳でもなく、さらに、その方々が小学生や中学生時代、唱歌を習った音楽の授業が楽しかったかどうかも、人によって違うとも思われます。
では何故、この唱歌が、心地よく心に届くのかと考えますと、まず唱歌で歌われる歌詞が文語(古語)が多いという点で、例えば、「浜辺の歌」という曲で「あした 浜辺をさまよえば 昔のことぞ しのばるる」とありますが、この場合の「あした」は「明日」ではなく、「朝」のことで、あすの明け方が本来の意味です。
このように文語で表現されますと今の私たちには違った意味で捉えたり、あるいは意味が解らない言葉として聞こえることがあります。
しかし、この文語という言葉(音)は、遥か昔の平安時代あるいは、それ以前の飛鳥時代の和歌から続くもので、その言葉表現は、日本人の心の奥底に、深く潜在しているのではないかと思っています。
事実、このような文語調で語られ歌われましても、あまり違和感を感じることなく、自然に耳に届きます。また、なんとなく高級感も感じるもので、上品な雰囲気を醸し出します。
さらに、そこに美しい旋律が乗ることで、心の中に、すっと入りこんでくるのではと思っています。
また、一般の流行歌や演歌、その他の音楽は、例えば、カラオケなどで歌ったりしますが、唱歌はあまり、そのような場所では歌わないと思います。
あくまでも、聴いて和む、それから、口ずさんでみたくなく、それが、心の癒しに効果を発揮しているのでは、と考えています。
さらに、そこに懐かしい、ちょうど大正浪漫風の絵を見ることで、昔の時代を思い起こし、より癒し効果が発揮されているものと考えられます。
2024年10月30日 KBS京都ラジオ放送分